民事判例事件現場めぐり① ~宇奈月温泉事件~

松山大学法学部教授 銭 偉栄

 1789年のフランス人権宣言(17条)が所有権を神聖不可侵の権利と宣言して以来、所有権の絶対性は、近代私法の基本原理の1つとして確立された(憲法29条や民法206条参照)。しかしその後、この原則を制限する法理も生まれた。権利濫用禁止の法理がその1つである。

 日本においてこの法理は、まず判例法によって確立された。それをはじめて採りいれたのが宇奈月温泉事件(大判昭10・10・5民集14巻1965頁)である。

 宇奈月温泉事件の現場となったところは現在、宇奈月ダムの底に沈んでいる。富山県黒部市にあり、日本秘境100選にも選ばれた黒部峡谷の玄関口である宇奈月町にはもともと泉源はなく、その湯は、Aが1917年ころ、宇奈月から黒部川上流約7.6キロ離れた黒薙温泉の泉源から、黒部川の川沿いに引湯木管を敷設して引湯したものである。その引湯木管の一部が、Bに無断で、その所有地(112坪。以下、「本件土地」という)の一部(わずか2坪)を通過した。その後、引湯木管はYに、本件土地はXに、それぞれ譲渡された。

 Xは、本件土地とそれに隣接するX自身所有の他の土地(3000坪)をあわせて総額2万円あまり(時価の約23倍相当)で買い取るようYに迫ったが、Yはそれに応じなかった。そこで、Xは、土地所有権に基づく妨害排除として、引湯木管の撤去および立入その他一切の妨害行為の禁止を求めて訴えを提起した。

 1審・2審ともX敗訴。Xより上告。

 大審院(最高裁に相当)は、所有権に対する侵害があった場合にその排除を裁判所に請求するのは所有者に当然認められるべき権利であるとしながらも、次に述べる理由により、Xの請求を認めなかった(上告棄却)。

 「該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス即チ如上ノ行為(=Xの行為)ハ全体ニ於テ専ラ不当ナル利益ノ掴得ヲ目的トシ所有権ヲ以テ其ノ具ニ供スルニ帰スルモノナレハ社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ機能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス」。

 判例法によって確立された権利濫用禁止の法理は1947年の民法改正時に明文化された(同法1条3項)。ちなみに、権利の行使が権利の濫用に該当するものとされた場合には、権利の行使が認められないことや権利自体をはく奪されること、または不法行為責任(損害賠償責任)を生ずることがある。

資料写真①富山地方鉄道宇奈月温泉駅前温泉噴水

資料写真①富山地方鉄道宇奈月温泉駅前温泉噴水

資料写真②宇奈月温泉の泉源・黒薙温泉

資料写真②宇奈月温泉の泉源・黒薙温泉

資料写真③現場の近くに設置された記念碑

資料写真③現場の近くに設置された記念碑 (碑文は高岡法科大学吉原節夫前学長による)