憲法学の「Sense(感覚)」

松山大学法学部准教授 牧本 公明

 「考えるな、感じるんだ」

 この言葉は映画の中である俳優が発した有名な台詞の邦訳である。元となる英語の台詞はDon’t think. Feel.”というもので少年に武術の稽古をつける場面において発せられたものだ。この台詞の趣旨は、私の理解では、技の習得のためにはいたずらに思考に頼らずに自らの五感を研ぎ澄まし感覚的に技の本質を見極める必要があるというものだ。武術の上達には時としてあれこれ考えるよりも感覚を磨くことが求められるのも十分に頷ける。

 しかしながら、これが法律学という学問となるとどうだろう。法律学とは、社会のルールとしての法律の在り様やその使われ方についてそのあるべき姿を考えぬく学問である。そのことを念頭に置けば、少なくとも冒頭の台詞の「考えるな」の部分は当てはまらない。法律学にとって思考とは必須の構成要素と言える。それでは「感じろ」の方はどうであろうか。法律学が思考の学問であり理論的な面を強調すればするほど人の感覚とは縁遠いと感じるかもしれないが、法律学も決して人の感覚や感情と無縁の学問というわけではない。

 法律学には「リーガルマインド」という言葉がある。これは法律学一般では「法学的思考能力(もしくは判断力)」と表現されることが多いが、私の担当する憲法学の世界では「人権感覚」や「交代可能性察知能力」とも表現される。これらは基本的人権に関係する法律問題を考える際に「当事者の立場に立って(少なくとも立ったつもりになって)」思考することができる能力を指す。自分ではない何者かに降りかかる人権問題を敏感に感じ取ることができる「感覚」と、もし自分がその当事者の立場に立たされたならばどう感じるかという「感覚」。憲法学にはそのような「Sense(感覚)」を研ぎ澄ましながら憲法の妥当な解釈を探求していくことが求められるのである。

 あえて冒頭の台詞になぞらえて言うならば、「感じろ、その上で考えるんだ」とでも言えようか。