条文の明確性と抽象性

松山大学法学部准教授 今村 暢好

 法律などの条文の中には、特定の行動を禁止し、禁止内容に違反した場合に罰を科すことを定めた条文が沢山存在します。代表例は、殺人罪や窃盗罪などの刑法の条文です。(これに対して未成年者飲酒禁止法は、未成年者の飲酒を禁じていますが、違反しても飲酒した未成年者に刑罰は科されません。)
 刑法の内容に違反をすれば刑罰が科されるので、私たちは、刑法の条文に違反しないように行動しなければなりません。しかし、処罰される行為の範囲が不明確な場合は、処罰の可能性を心配して必要以上に慎重に行動することになり、行動の自由が制限されてしまいます。
 このような意味から、法律学では、人々を処罰する条文はできるだけ明確にしなければならないという考え方があります。処罰される行為の範囲を明確にすることにより、処罰されない行為の範囲を明確にし、人々が自由に行動できる予測可能性を確保するのです。

 では、実際の条文をいくつか見てみましょう。
 刑法199条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」
 これは、代表的な殺人罪の条文です。「人を殺した」という僅か5文字に該当すれば、死刑にもなり得るという非常にシンプルな条文です。具体的な殺人方法は全く示されていないので、ある意味で不明確です。しかし、もし殺人方法を限定して定めれば、それ以外の方法による殺人行為を処罰できないことになります。このように条文は、ある程度抽象的にならざるを得ない側面があるのです。
 刑法204条「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
 これは傷害罪の条文です。この条文は殺人罪の書き方と似ていて、どのような方法で傷害するかについて限定はありません。その上、何が「傷害」なのかについて全く定義されていないので、内容は解釈に委ねられています。
 刑法201条本文「第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、2年以下の懲役に処する。」
 この殺人予備罪の条文もシンプルです。199条という殺人の目的で「その予備をした」だけで、懲役刑にもなり得る殺人予備罪が成立します。何が予備行為か一切定義されていませんし、予備行為の例示もされていません。ある意味で「極めて不明確」ですが、これが実際に長年使われている殺人予備罪の条文なのです。
 最高裁判所はこれまで明確性の原則違反により制裁規定を無効と判断したことはないとされています。