歴史の中の松山大学(現行民法典編纂と松山大学)(1)~(3)

松山大学法学部教授 古屋壮一

一 歴史の中の松山大学(現行民法典編纂と松山大学)(1)~(3)が目指すもの

 松山商科大学および松山高等商業学校時代に、創立者(加藤恒忠[雅号 拓川]翁、加藤彰廉翁、新田長次郎[雅号 温山]翁)の志(校訓三実『真実、実用、忠実』)を引き継いだ先人(特に、松山商科大学学長も務めた星野通博士)は、その志をどのように形にしたのか(実現したのか)を明らかにして、履修者に松山大学生としての誇りをもってもらい、来るべき就職活動への心構えを形成すること、これが私の担当回の目標である。

※なお、校訓三実を分かりやすく言い換えると、以下のようになる。
 真実:真摯に物事を深く究めようとする態度。
 実用:深く究めた成果を広く社会に活かそうとする態度。
 忠実:人に対して常に誠実であろうとする態度。

二 歴史の中の松山大学(現行民法典編纂と松山大学)の内容

1 星野通博士(1900‐1976年)

 星野通博士…松山商科大学第2代学長(昭和32[1957]年4月~昭和38[1963]年12月まで)、現行民法典制定過程研究(特に民法典論争研究)で今も高名な民法学者である(愛媛県伊予市出身)

 新田温山の招きで東京帝国大学法学部独法科卒業後、松山高等商業学校に教授として赴任。

※学生とのエピソード
 星野通博士の自宅には頻繁に学生が押し寄せ、星野通博士と麻雀に興じることもあった。学生の面倒をよくみていた。

2 民法典論争

 ボアソナードや日本人法律家(家族法の部分を担当)によって起草された旧民法典(1890[明治23]年公布)の内容が新聞等の報道で明らかになりはじめた1889(明治22)年~1892(明治25)年の間に生じた、旧民法典を予定通り1893(明治26)年1月1日に施行するか(断行派)、それとも修正のために施行を延期するか(延期派)の論争をいう。延期派が旧民法典施行延期を唱えたのは、旧民法典(特に人事編)の規定が伝統的家制度や徳義(人としての道)を破壊すると考えたためである(ほとんどが誤解に基づいていた)。法律雑誌等が主戦場となって展開されたこの論争は、穂積八束の論文のタイトルでもあった「民法出テヽ忠孝亡フ」というスローガンも追い風となり、延期派が勝利し、旧民法典は、民法及商法施行延期法律(1892[明治25]年11月24日公布)によって、修正のために施行延期となった。

 この修正を担当したのが、1893(明治26)年4月に設置された法典調査会(総裁:伊藤博文)民法起草員の穂積陳重(宇和島市出身)博士、富井政章博士および梅謙次郎博士である(松山高等商業学校創立者の1人である加藤拓川翁と梅謙次郎博士は、親交があった)。この3人を中心として、旧民法典を修正した明治31年民法典が完成した(1898[明治31]年7月16日施行)。明治31年民法典は、その後、改正(1947[昭和22]年の家族法改正等)を受けて現行民法典となった。

3 星野通博士の研究

 星野通博士が太平洋戦争開戦の前後(当然、コピー機のない時代)に教え子の宇高直、仙波正彌の両氏とともに東京で、『血の滲む様な』民法典論争当時に発表された断行派および延期派の論文等を筆写した。現在でも民法典論争当時の文献は主に、東京にある大学(東京大学、中央大学、明治大学及び法政大学等)が所蔵している。さらに星野通博士は、筆写した文献を精査し、民法典論争を分析評価した。

 これらの研究成果は、星野通編著『民法典論争資料集』(日本評論社、1969年)に代表される。

4 松山大学創立90周年とあわせて実施された松山大学法学部松大GPにおける、星野通博士による民法典論争研究の顕彰

ア)星野通編著(松山大学法学部松大GP推進委員会増補)『民法典論争資料集』(復刻増補版)(日本評論社、2013年)の刊行

 星野通博士が東京で教え子とともに筆写した民法典論争当時のその文献をあらためて収集し、星野通編著『民法典論争資料集』(日本評論社、1969年)と照合して、欠落部分を補い、不一致を指摘して、資料集としての精度を高めた。

イ)復刻増補版刊行を記念した、星野通博士の顕彰シンポジウムの開催(2013年11月9日[土])

[内容]

※所属は、シンポジウム開催当時のもの。

司会沖野眞已教授(東京大学)
基調講演
 星野通博士と法典論争研究村上一博教授(明治大学)
 旧民法典とボワソナード池田眞朗教授(慶應義塾大学)
個別報告
 民法典論争と梅謙次郎岡孝教授(学習院大学)
 民法典論争・論争史
  ―その構造と性格―
岩谷十郎教授(慶應義塾大学)
 現代日本における民法典論争
  ―新たな「資料集」の必要性
大村敦志教授(東京大学)
フロアからの発言
 『民法典論争資料集』の復刻増補作業について宮下修一教授(静岡大学)
 民法商法施行取調委員会の審議経過高橋良彰教授(山形大学)
 民法典論争と法典調査会及び帝国議会における修正作業の関連中村哲也名誉教授(新潟大学)
 商法典論争について高田晴仁教授(慶應義塾大学)
 加藤恒忠と梅謙次郎
  ―司法省法学校の周辺から―
江戸惠子研究員(法政大学現代法研究所)
 免許代言人(弁護士)からみた法典論争谷正之弁護士(愛媛弁護士会)

5 星野通博士の民法典論争研究の意義

 星野通博士の『民法典資料集』によって、特に地方の民法研究者、法律家および法学部の学生が東京に行かなくても、民法典論争当時に発表された延期派および断行派の論文を見ることができ、民法典論争の内容(特に旧民法典の規定への延期派による批判と断行派の反論)を正確に把握できる。

ア)民法解釈学との関係における意義
 行民法典の規定の「歴史の流れ」(旧民法典の規定、これに対する民法典論争における延期派の批判と断行派の反論、法典調査会での旧民法典規定の修正作業、明治31年民法典の規定および改正を経た現行民法典の規定)を確実に押さえ、現行民法典の内容(趣旨)を的確に理解できる。このことは、妥当な条文の文言解釈につながるのである。

イ)自らの研究成果を『民法典論争資料集』として世に送り、特に地方の民法研究者、法律家および法学部の学生が上記のア)のような解釈をすることを可能にした。これは、校訓三実の「真実」および「実用」の態度そのものである。星野通博士は、三恩人の志を受け継ぎ、実践する者として位置づけることができるのである。