A子さんは、B男さんと婚姻していましたが、B男さんの暴力に耐えかねて、家を出ました。その後、A子さんは、B男さんのことについて相談に乗ってもらっていたC男さんと親しくなり、ともに暮らすようになりました。別居から3年が経ってA子さんとB男さんの離婚が成立し、それから3か月後にA子さんはC男さんとの子Xを出産しました。
A子さんはC男さんとの間の子としてXの出生届を出すことができるでしょうか?
現在のところ、前の夫であるB男さんとの間の嫡出子としてしか出生届を出せません。
2、3年ほど前から、「離婚後300日問題」が新聞等のマスメディアで報道されています。これは、離婚後300日以内に生まれた子が前の夫の子として戸籍に登録されることを嫌って、母親が子の出生届を出すことを拒んだがために、その子が「戸籍のない子」となり、さまざまな弊害が生じているというものです。弊害にはさまざまなものがありますが、マスメディアで大きく報道されるきっかけとなったのは、こうした子がパスポートを取得することができず、海外への修学旅行に参加できないということでした。
では、なぜこのような問題が生じているのでしょうか?
まずこの問題が「離婚後300日問題」と呼ばれている理由から確認しましょう。それは、民法772条が次のように規定していることに由来します。
(嫡出性の推定)
第772条
1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2項 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
この規定を受けて、法務省は、離婚すなわち婚姻解消の日から300日以内に生まれた子については、前の夫との間の嫡出子として出される出生届しか受理できないとの通達を出しています。そのため、相談例のA子さんが、C男さんとの間の子としてXの出生届を出すためには、前の夫であるB男さんの子ではないことを調停や裁判の手続において明らかにしてからでなければならないという負担を強いられることになります。しかし、相談例のように、夫の暴力が夫婦関係の破綻の原因となっているような場合には、妻としては、元の夫と接点を可能な限り持ちたくないと考えるでしょう。また、元の夫を相手方とする調停や裁判の手続が可能であるといっても、それによって自分の居場所がわかってしまうことになりますので、新たに築いた生活が破壊されるのではないかといったことも心配されます。かといって、何もしなければ、元の夫との間の嫡出子として出生の届出をしなければならず、生まれた子は元の夫の戸籍に入ることになります。これもまた到底受け入れることができません。そこで、元の夫の戸籍に入ることを嫌って出生届がなされずに、「戸籍のない子」となり、それに伴う弊害が新聞紙上を賑わすこととなったのです。
この「離婚後300日問題」がマスメディアで大きく報道され、この問題を解決すべきであるとの機運が盛り上がりを見せた結果、法務省は、これまでの取り扱いに若干の修正を施しました。すなわち、離婚後300日以内に出生した子のうち、医師の作成した証明書を提出することにより「離婚後の懐妊であることを証明できる子」については、民法772条の推定が及ばないものとして、元の夫を父としない出生届(嫡出でない子または後婚の夫の嫡出子としての出生届)の受理を認めるとの通達を出したのです。
この通達は従来よりも柔軟な取扱いを認める内容となっていますが、医師の作成した証明書を提出しなければならないという負担を母に強いる点でいまだ不十分なものです。また、離婚前に再婚相手の子を妊娠した場合(婚姻解消後300日以内に出生した子の9割がこれに該当すると言われています)や、事実上の離婚状態にある中で他の男性と内縁関係を形成し出産した場合にはまったく救済されないという点で、大きな問題を残しています。
相談例の場合、A子さんがXを懐妊したのはB男さんとの離婚が成立する前であることは明らかですから、上記の法務省通達による救済の範囲外となります。したがって、A子さんは、前の夫であるB男さんとの間の嫡出子としてしかXの出生届を出せないのです。