JR特急料金の払い戻し(その2)

松山大学法学部教授 渡辺 幹典

 前回の「法学部教員からのお便り」で、私はJRとの「旅客運送契約」を取り上げました。その中で、JRの特急の到着が2時間以上遅れた場合、JRは特急料金を払い戻してくれることをお話ししましたが、言い方を変えると、特急が2時間以上遅れても、JRは私たちに特急料金を払い戻すだけで、それ以外のことはしてくれません。みなさんの中には、「こっちは早く目的地に着きたいから特急料金を払っているんだ。JRは到着が遅れたことで生じた損害を賠償しろ!」なんて思っている人がいるかもしれません。これは、民法の「損害賠償額の予定」という問題です。

 民法では、契約の相手方が契約内容を守らなかったことにより損害を被った場合、契約当事者はその相手方にその損害の賠償を請求できるとしています(民法415条)。他方で契約当事者は、その損害賠償の額をあらかじめ契約で取り決めることができます(民法420条)。契約違反による損害賠償額は、通常は裁判でその額を決定することになりますが、そのためには時間と費用が掛かります。しかし「損害賠償額の予定」をしておけば、その手間を省くことができます。また、場合によっては多額になると予想される損害額を制限することで、債務者は過大なリスクを負わずに済みます。JRの場合は、特に後者の点が重要です。

 列車が遅れたことで生じる損害は、乗客によって様々です。また特急の場合、乗客の数も数百人になることがあります。それらの損害を全て賠償するとなると、JRでも大変です。そのための対策としてJRがその分をあらかじめ特急料金などに上乗せするとなれば、料金は今よりもずっと高額になり、遅れなかった列車の乗客までそれらを負担することになります。そうならないように、JRの賠償額を特急料金に限定することにしたのです。

 前回お話ししたように、私たちはJRと運送約款に基づいた「旅客運送契約」を締結して特急列車を利用しています。そしてJR四国の運送約款は、特急列車の到着が2時間以上遅れた場合に、乗客は特急料金の払い戻しなど、約款に定められた取扱いのみ請求することができるとしています(第290条の3第1項)。つまり、私たちはJRと約款に基づく「損害賠償額の予定」もしているので、それ以上の「損害賠償請求」は認められないのです。列車が遅れるのは困ったことですが、悪天候やJRに責任のない事故が遅れの原因であることもありますので、特急料金の払い戻しという「損害賠償額の予定」も、やむを得ないことでしょう。

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