「知らしむべからず」再考 ~論語縦横談(1)~

松山大学法学部教授 銭 偉栄(せん よしはる)

 最近身のまわりで起きたさまざまな出来事が,ふと「民はこれに由(よ)らしむべし,これを知らしむべからず」という孔子の言葉を思い出させてくれました。

 政府は2005年,行政機関が命令等を制定するに当たってパブリック・コメント(意見公募)手続を導入するための行政手続法改正を行いました。その理由については,麻生太郎総務大臣(当時)は次のように述べています。

「『民は之に由らしむべし之を知らしむべからず』という,論語の有名な言葉があります。『民はただ施政に従わせればよく,理由や意図を説明する必要はない。』という解釈で,・・・よく使われています。・・・孔子の時代ならいざ知らず,現代においては,これでは困ります。政府は政策をきちんと説明しなければならないし,国民にもそれを理解する努力をお願いしなければなりません。」「国民の意見は大切です。『なるほど,役人だけでは気が付かなかったなぁ。』と思うことも必ずあるはずです。」

 暴言や失言が多いと定評のある麻生太郎氏ですが,これに限っていえば,正論です。

 『論語』泰伯篇に記されているこの言葉には2つの前提があります。1つ目は孔子の時代において人民のほとんどが無知蒙昧だという事実です。2つ目は「仁政」「徳治」という孔子の政治思想です。人民が無知蒙昧だから,為政者のルールなどに従わせることはできるが,その理由などを理解させるのはむずかしいと解釈するのが一般的です。他方,人民にその理由などを理解させるのはむずかしいから,為政者は仁政・徳治を行って人民にそのルールなどをただ従わせるだけでよく,その理由などを知らせる必要はない,という解釈もあります。江戸時代にいたっては,「知らしむべからず」中の「べからず」を禁止的意味として捉え,「人民にルールの理由などを知らしめていけない」と解されるようになりました。

 「べからず(不可)」には,もともと2通りの意味があります。「できない」という意味(例:不可抗力)と,「してはいけない」という意味(例:持込不可)です。「知らしめていけない」という解釈は文法的には間違いではありませんが,孔子の考えを曲解して為政者にとって都合のいいように解釈したものであることは明らかです。「そんな者は,経書読みとは言わない」と,武士学者と呼ばれた根本通明から痛烈に批判されました(1906年)。

 それに先立ち,「知らせる必要はない」,さらに「知らしめてはいけない」という解釈に対する批判は,公家・政治家・教育者の西園寺公望からなされました。第2次および第3次伊藤内閣の文部大臣であった西園寺は,国民に対してもっと自由主義的な教育を実施すべきだと考え,よりリベラルな「第2次教育勅語」の作成を計画し,1898年ころその側近の竹越与三郎に草案を作らせたが,挫折しました。その3年後の1901年,竹越が『人民読本』を著したときに,当時枢密院議長だった西園寺は,「可使知 之不可 使由之」(知らしむべし。由らしむべからず)の9文字を同書巻頭の3頁にわたり大きく墨書しました。「可使由之不可使知之」中の知と由を入れ替えたものです。西園寺は,第2次教育勅語を通して「国民の政治意識を高めることで 藩閥政府に対抗し,リベラルな政治を実現しよう」(北原聡)という強い思いをその9文字に託したのでしょう。

 「知らしめてはいけない」に対する批判は,「日本資本主義の父」と呼ばれる実業家の渋沢栄一からもなされました(1917年)。

 「『知らしむべからず』というのは,決して『知らしてはならぬものだ』という如き禁止的の意義を元来含んで居ったものでは無い。」

 「人民が無知蒙昧だ」という事実が存在しなくなり,しかも説明責任が唱えられている現代社会において,「知らしむべからず」を「知らせる必要はない」と解釈することはできないでしょう。「知らしめてはいけない」という解釈は論外です。「知らしむべからず」から導き出せるのは,「理解させるのは難しいことについては,十分に情報提供ないし説明をしてください」ということではないでしょうか。つまり,「知らしめて而して由らしむべし」,ルールなどについて説明をした後にそのルールなどを実行するべきだ,ということです。

竹越与三郎『人民読本』巻頭4頁
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