松山大学法学部の「成育」過程(1)~(3)

松山大学法学部教授 明照博章

一 「松山大学の歩み」における「松山大学法学部の『成育』過程」の概要

 ここでは、設立に関わった三恩人の一人である加藤恒忠(雅号:拓川)先生から説き起こし、現在の本学法学部開設当時から現在までのカリキュラム変遷を歴史的な背景と共に説明した上で、現在の教育体制(DP及びCP)の特徴について言及している。
具体的には、次の通りである。

二 加藤恒忠(雅号:拓川)先生と松山大学

1 加藤拓川先生から説明する理由

 先生は、本学の前身である「松山高等商業学校」の設立当時第5代松山市長であったからであり、先生の尽力がなければ、松山高等商業学校の設立は果たせなかったと考えられるからである。先生は、松山高等商業学校創立の直前、逝去されているが、心血を注いで高校設立に尽力された結果であったと考えられるのである。この活躍について「加藤の一生を通じて考へると、実に意思の強固な男であつた。晩年絶食絶飲して居ながらも自分のしやうと思ふことはどしどし遂行して行つた」という言葉が残されている(秋山好古氏:陸軍大将)。

2 加藤拓川先生の人物像

 拓川先生は、司法省法学校(後に東京帝国大学に編入)に入学したが、賄征伐事件等を原因として原敬や陸羯南等と共に放校処分を受けた。中江兆民に師事した後、原敬(第19代内閣総理大臣)の斡旋により、外交官としてパリに赴き、ベルギー公使等外交官として活躍するとともに、西園寺公望(第12代・第14代内閣総理大臣)を含めた多数の要人と交遊することになる(後に私財を投じて「松山高等商業学校」設立を財政面で支えた新田長次郎(雅号:温山)先生とは、パリに在留中に知り合っている)。

 中江氏に師事し、西園寺氏と交遊があった点からもわかるように(両氏は、パリ留学時、パリコミューンに遭遇している)、「非常にデモクラチックで権勢に媚びぬ」人物であり、「洒脱で如何なる人にも親切」であり、「自己に求めるところがなく実に寡慾だった」という評価が残されている(湯川寛吉氏:逓信省官僚)。

3 設立された学校が「高等商業学校」だった理由

 拓川先生の経歴からすると、「商業」とは無縁のようにみえる。しかし、「高等商業学校」が設立されている。それは、先生の「如何なる人にも親切」であり「自己に求めるところがなく実に寡慾だった」という性格とは無縁ではないであろう。すなわち、当時、旧制松山高等学校(後に国立愛媛大学に編入)が創立されていたが、地域社会を考えた場合、地域からの要請もあることに鑑みると、商業系の高等学校を設立することが合理的であったと考えられる。

4 松山高等商業学校の校風

 自由な校風である。拓川先生は、上記の経緯を踏まえると、フランス的民主主義(共和主義)の精神を前提として本学を創始したものと推測でき、実際に、自由な校風の高校が松山に誕生したのである(このような「自由な校風」が戦前の一時期不幸な出来事を呼び込んでしまったこともある)。

5 校訓「三実」(真実/実用/忠実)の意義(再解釈)

 社会の変化に伴い、既成の知識に安住していると、所属する組織は壊死してしまう。人間(動物全般)は、生き残るため集団(群れ)を形成しているはずであるが、群れが所属するより大きな社会の変化に順応できない群れは、そのまま壊死してしまうということである。それゆえ、真理(社会の本質/社会を支える天蓋)の追究に邁進すべきである(真理)。

 次に、真理の追求を進めた結果、新しい知見が得られた場合、それだけで終わらせるのではなく、それを社会にどのようすれば還元できるのかを考え、行動すべきである(実用)。

 さらに、研究及び実践には、他人との人間関係が重要になる。一人ではできないことでも、複数で行えばできることがあるからである。他人との関係を円滑にし、さらに熟成するためには、人に対する「まこと」が必要である(忠実)。

 上記の命題が矛盾をきたすと考えられる場合、その矛盾は、加藤拓川先生の思想的背景にあると考えらえる共和主義に従って再解釈すべきであろう。

三 現在の本学法学部における教育体制

 松山商科大学時代に法学部は開設された(1988(昭和63)年)。その後、「大学の大綱化」(1991(平成3)年)、「法科大学院制度の導入」(2004(平成16)年)、「主体的な学び」(2013(平成25)年~)という大きな転換点があり、その都度カリキュラムの見直しが行われている。

 以下は、現時点における教育体制である。

1 本学法学部のDP「卒業認定・学位授与の方針」

 法学部は、校訓「三実」の教育理念のもと、必要最小限の規制以外は自由とし、何らかの紛争が生じた場合、究極的にはそれがすべて裁判所に持ち込まれることを前提に準備がなされなければならない社会(法化社会)の深化を前提として、リーガル・マインド(法的思考能力及び法的判断能力)を体得し、次のⅠ~Ⅲに掲げる知識、能力及び態度を身につけたと認められる学生に「学士(法学)」を授与している。

Ⅰ 法律又は政治にかかわる文章を論理的かつ客観的に読み、その内容を正確に理解することができる。
Ⅱ 他人が法律又は政治に関する専門用語を用いて述べた発言の内容を正確に理解することができる。
Ⅲ 在学中、とりわけ専門演習において修得した知識及び体得した思考方法に従って、自分の考えを他人に文章及び口頭で正確に伝達することができる。

2 本学法学部のCP「教育課程編成・実施の方針」

 法学部のCPは、学生が深化する法化社会の一構成員として活躍するために必要なリーガル・マインドを身につけることを目標とする。リーガル・マインドは、複雑な社会的事象とその変化、そこに発生する様々な問題(不合理性)を発見し、その法的解決策を思考し、導き出すプロセスを積み重ねることによって体得してゆくものである。リーガル・マインド体得プログラムを体系化するために、次のCPⅠ~Ⅲを策定し、それに基づく教育を実施している。

Ⅰ 教養科目及び他学部の科目を履修することによって、現代社会において活躍するために必要な教養や基礎能力を修得する。
Ⅱ 近代以降に確立した学問体系に従って配置された法学部の専門科目を履修することによって、現行制度に基づく紛争処理方法とその限界を認識する。
Ⅲ 法学部の専門演習を履修することによって、過去に発生し、又は将来発生しうる紛争と法に基づく処理の過程を繰り返し追体験し、もって法的思考方法および法的判断能力を体得するとともに、現行制度に基づく紛争処理方法の限界を乗り越える方法について模索する。

 このCPを踏まえて、現在のカリキュラムが設定されている。

3 学生の希望に応じたリーガル・マインドを涵養できるよう履修できるコース制の採用

 本学法学部ではⅠ~Ⅲのコース制を採用している。

Ⅰ 司法コースは、わが国の法体系に従った法解釈学の基礎を学修し、主に法曹あるいは公務員(法律職)を志望する者を対象とするコースである。
Ⅱ 法律総合コースは、日常的に生じうる問題について法的に考える基礎を学修し、主に民間企業への就職を志望する者を対象とするコースである。
Ⅲ 公共政策コースは、条例及び政策の立案に関する基礎を学修し、主に公務員(行政職)を志望する者を対象とするコースである。