松山大学法学部講師 伊藤亮平
中世ドイツで人気を博した作品に『トリスタンとイゾルデ』(1210年頃成立)があります。この作品のあらすじは次の通りです。イングランド王国コーンウォールの騎士トリスタンは、アイルランドの姫イゾルデを主君マルケ王の妃として迎えるため、アイルランドへ旅立ちます。イゾルデの母親は娘とマルケ王のために媚薬を用意します。ところがコーンウォールへ戻る途中、トリスタンとイゾルデは白ワインと間違えてうっかり媚薬を飲んでしまいます。
恋に落ちた二人はマルケ王に隠れて密会を重ねるようになりますが、ある時密会していることが周囲にバレてしまいます。潔白を訴えるイゾルデに対して、マルケ王は神明裁判によって身の証を立てるよう命じます。
神明裁判にはいくつかのバリエーションがありますが、マルケ王が命じた神明裁判は、熱した鉄を持って歩き無傷であれば無罪というものです。果たしてイゾルデは鉄を火傷することなく運び、彼女の無実が証明されます。
しかしトリスタンとイゾルデが不倫していたのは事実です。作者のゴットフリート・フォン・シュトラースブルクは、イゾルデの言明を「嘘」(trügeheit)、「偽りの誓い」(gelüppeter eit)と述べています。作者自身この神明裁判の結果は大きな矛盾と考えていたのでしょう。彼は裁判の結果を次のように説明します。つまりイゾルデの無実が証明されたのではなく、どんなことであれ人が望むことを神は叶えてくださるという、神の大いなる力が証明されたのだと(15724-15764行)。
ゴットフリートのこの解釈は、現代の我々からすれば少々苦しいかもしれません。しかし判決に対して合理的説明を求めようとする当時の人々の姿勢は、この作品から垣間見ることができるでしょう。
【参考文献】
- Gottfried von Straßburg: Tristan. Band2: Text. Mittelhochdeutsch / Neuhochdeutsch. Verse: 9983-19548. 2., durchgesehene Aufgabe. Stuttgart (Reclam) 1981.
- ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク著(石川敬三訳):トリスタンとイゾルデ 第3版(都文堂)1981年。
- 新倉俊一 / 神沢栄三 / 天沢退二郎 訳:フランス中世文学集1 信仰と愛と(白水社)1990年。