松山大学法学部教授 銭 偉栄(セン ヨシハル)
「お客様は神様」というフレーズは、昭和を代表する歌手・三波春夫が1961年頃に初めて用いた言葉であるといわれています。もともとは、お客様を神様のように尊い存在と考え、常に最高の舞台を届けようとする演者としての心構えを表した言葉でした。決して、「お客様であれば何をしても許される」という意味ではありません。
しかしその後、この言葉は本来の趣旨から離れて受け止められるようになりました。「お客様は神様なのだから、店員に対して何を要求してもよい」「気に入らなければ怒鳴ったり、土下座を強要したりしても構わない」といった誤った理解が、一部では広がっていったのです。
最近では、スーパーマーケットなどで、「次の行為はカスタマーハラスメントに該当する可能性があります」といった掲示を目にする機会が増えました。従業員への暴言や威圧的な言動、過度な要求など、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)を防止するための注意喚起でしょう。このような掲示が一般化しつつあることは、「お客様は神様」という言葉の独り歩きによって生じた弊害を、社会全体が見直そうとしていることの表れといえるでしょう。
ところで、もし誰かが「学生様は神様ですか」と尋ねたなら、私はきっとこう答えます。「もちろん神様です。しかし、とても窮屈な神様です」
大学と学生との間には、在学契約という無名契約(民法典などの法律に定められた契約類型には含まれない契約)が成立します。この契約に基づき、学生は大学に対して授業料等を納付する義務を負い、大学は学生に対して教育その他のサービスを提供する義務を負います。
さらに、在学契約は消費者契約に該当するとした最高裁判所の判例(平成18年11月27日の一連の判決)があります。したがって、法的に見れば、大学にとって学生は消費者であり、大切なお客様です。しかし、そのお客様は、一般の消費者契約におけるお客様に比して、実に窮屈なお客様でもあります。
確かに、より良いサービスを提供するという点では、大学もスーパーマーケットなどと変わりません。しかし、教育という営みには、一般の消費者契約には見られない性質があります。
例えば、大学教育というサービスの質を維持するためには、原則として4年間(薬学部では6年間)在学し、あらかじめ定められた単位を修得しなければ卒業することはできません。時折、学生から「先生、単位をください」と言われることがあります。しかし、学生の希望だけで単位を与えたり、成績を変更したりすることは許されません。そのようなことをすれば、大学の社会的信用が失われるだけでなく、他の学生の努力や評価の公平性も損なわれてしまうからです。
また、授業を受けることは学生の権利ですが、その権利が適切に行使されてこそ教育の成果につながります。そのため、出席や課題提出を単位認定の要件としている授業も少なくありません。
このように、学生は大学にとって大切なお客様です。しかし、その関係は、「お客様の望みどおりに応えること」を目的とする一般の消費者契約とは本質的に異なります。大学は学生に教育サービスを提供する一方で、教育機関として学問的水準を維持し、成績評価の公正さを確保するという社会的責任も負っているからです。
学生により良い教育サービスを提供し、教育機関といての社会的責任を果たすためには、大学には、教育サービスを直接提供する教員と、それを支える事務職員が、それぞれの職務に専念できる良好な職場環境を整えなければなりません。他方、学生にも、学修に真摯に取り組み、学内のルールを遵守することが求められます。
大学、教職員、そして学生が、それぞれ契約上の権利を適切に行使するとともに、義務を誠実に履行してこそ、大学教育は成り立ちます。その積み重ねによって初めて、学位の価値と大学教育に対する社会の信頼が守られるのです。
そう考えると、「学生様は神様ですか」と問われたなら、私はやはりこう答えたいと思います。
「(大前提)お客様は神様です。ただし、それは三波春夫が語った本来の意味においてです。(小前提)学生は法的には大学のお客様です。(結論)よって、学生様も神様です。しかし、教育という営みを成り立たせるために必要なルールに従っていただく、とても窮屈な神様なのです。」
【主な参考文献】
* 「『お客様は神様です』について」三波春夫オフィシャルサイト(2026年6月29日閲覧)
* 「余録:店などで客が従業員らに行う迷惑行為…」2024年6月9日付毎日新聞東京朝刊1面(毎日新聞データベース)
* 「カスハラ問題で引用される『お客様は神様です』の誤解 三波春夫さんの真意は別次元」2024年5月30日付朝日新聞GLOBE+(2026年6月29日閲覧)