松山大学法学部准教授 伊藤亮平
みなさんは、中世の写本を実際に目にしたことがありますか。ふだんはなかなか縁がないかもしれません。ですが、今はデジタル化のおかげで、インターネットさえあれば自宅で気軽に写本を眺められる時代になりました。数十年前にはとても考えられなかったことです。(いまだに解読されていない写本として有名な「ヴォイニッチ手稿」でさえ、ネット上で公開されています。https://collections.library.yale.edu/catalog/2002046)
最近では、写本の挿絵を集めた本もいろいろと出版されています。たとえば『写本で楽しむ奇妙な中世ヨーロッパ』(河出書房)、『中世ネコのくらし』『中世イヌのくらし』(ともに美術出版社)などです。眺めているだけでも、なかなか楽しいものです。
さて、ドイツのハイデルベルク大学図書館には、「マネッセ写本」(大ハイデルベルク写本ともいいます)という写本が所蔵されています。ここには、中世ドイツで活躍した歌人たち(ドイツ語でミンネゼンガーといいます)の肖像画が、数多く描かれています。
ただし、少し注意が必要です。マネッセ写本が作られたのは14世紀ですが、描かれている歌人たちの多くは、それより100年以上も前に活躍した人々でした。つまりこの肖像画は、歌人たちの「本当の姿」ではなく、14世紀の人々が思い描いた「想像の姿」なのです。
では、14世紀の人々は、歌人たちをでたらめに描いたのでしょうか。実はそうではありません。彼らは、歌人が残した詩の内容や、語り継がれてきたエピソードを手がかりに、できるかぎり「その人らしい」姿を再現しようとしたのです。
たとえば、今回紹介する肖像画に描かれているのは、レーゲンスブルクの司教に仕えた騎士であり歌人でもあった、ラインマル・フォン・ブレンネンベルクという人物です。彼は争いに巻き込まれ、剣を手にした男たちに囲まれて命を落とした、と伝えられています。この悲劇はのちに「ブレンベルガー伝説」として、何世紀にもわたり語り継がれました。マネッセ写本のこの絵は、まさにその最期の場面を描いたものです。剣を振り上げる男たちに取り囲まれるラインマルの姿からは、当時の人々がこのエピソードをどれほど鮮烈に記憶していたかが伝わってきます。
このように、マネッセ写本の歌人たちを眺めていると、14世紀の人々の想像力の豊かさや、遠い昔の詩人への敬意のようなものに触れられる気がします。
みなさんもぜひ一度、マネッセ写本をのぞいてみてください。ネット上で誰でも自由に閲覧できます。
