きみならどう説明する?

松山大学法学部准教授 山川秀道

 「きみは『右』を説明しろと言われたら、どう(説明)する?」《(説明)は山川が挿入。》 

 この問いかけは、国語辞書の編集に携わる人々の物語を描いた『舟を編む』(三浦しをん著、光文社)という作品に登場する台詞です。『舟を編む』は映画化・ドラマ化されたので知っている人も多いのではないでしょうか。さて、あなたなら「右」をどう説明しますか?私たちは普段から何気なく言葉を使っていますが、改めて考えると、言葉を使いこなしているとは言えないことに気づくでしょう。『舟を編む』という作品はそのことを楽しく自覚させてくれます。

 ところで、文学や言語学はもちろん、法学もまた言葉を扱う学問です。法学は「社会科学」か「文学」かという論争があるくらいです。それはさておき、読者のみなさんにも、上記のような「きみは『〇〇』をどう説明する?」という問いかけをぜひ日ごろから実践してみて欲しいと思います。私の想像に過ぎませんが、多くの法律家はこうした日本語トレーニングを習慣として実践しているように思います。反対に、法学に苦手意識をもつ人はこのようなトレーニングを避けがちなのかもしれません。何を隠そう、私自身もそうでした。ゼミの先生から、「社会」とは何か、「人」をどう説明するか等々の質問攻めを受けたため、自分なりに説明できるように、複数の辞書を調べて共通の意味内容を理解するよう心がけました。こうした日本語トレーニングを実践しているかどうかは、「言葉づかい」に対する意識にはっきり表れます。「言葉づかい」に対する意識が向上すると、「女王と王女」、「理論と論理」、「法と法律」、「責任と責務」等々のよく似た言葉の違いにも敏感になりますし、ひいては、メールやレポートの文章も精確・丁寧に考えることができるようになります。

 読書によっても語彙力は増しますが、自分に使える言葉で説明できるかどうかは別問題です。「説明を聞いたらわかるけれど、自分で説明することはできない」という事態は、「読むことはできるけれど、書くことはできない」という現象とよく似ていますが、前者の方がはるかに深刻だと思います。実際は、説明によって伝達される情報を正確に理解できていない可能性があるからです。心当たりのある人もない人も、ぜひ今日から、「『〇〇』をどう説明する?」という問いかけを実践してみて欲しいと思います。法学の基礎トレーニングにもなると思います。

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