法を執行する者はその法を知れ

松山大学法学部教授 銭 偉栄(セン ヨシハル)

 2026年4月から、自転車の交通違反に対して反則金の納付を求めることができる交通反則切符(青切符)制度が導入される予定であることは、周知のとおりです。走行中にスマートフォンを操作する「ながら運転」や信号無視、逆走などの通行区分違反など、重大事故につながりかねない行為を未然に防止することを目的とするもので、各地の県警も制度の周知に努めているようです。

 しかし、法を執行する立場にある者が、その執行する法の内容をよく知らない、または十分に理解しないままその法を執行してしまうことがあります。これは、冤罪を生む可能性もあり、極めて深刻な問題です。

 先日、知人から次のような話を聞きました。

 とある快晴の日の午前10時頃、知人が自転車で見通しのいい一方通行路を左側通行していたところ、前方から右側通行の自転車が向かってきました。このままでは衝突の危険があると判断し、知人はやむを得ず道路の中央よりに進路を変えました。すると、その右側通行の自転車のすぐ後ろにいたパトカーが、知人を呼び止めて注意をしました。知人は、「なぜ明らかに交通ルール違反をしている右側通行の自転車の運転者に注意をせず、自分に注意するのか」と警察官に尋ねました。そうしたら、「同時に2人を注意することはできない」という答えが返ってきました。知人は納得できず、パトカーが違反者のすぐ後ろにいたのに、なぜ注意しなかったのかとさらに問いただしました。そうすると、警察官はその場で知人に「通行区分違反」として黄色切符(自転車指導警告カード)を交付しました。

 しかし、知人は道路交通法に従い、左側通行をしていたに過ぎません。また、その道路は「軽車両を除く」一方通行路であり、自転車による通行は法律上認められているものでした。このケースでは、警察官が法の内容を正しく理解しておらず、誤って適用してしまった可能性が高いです。

 「法の不知はこれを許されない」という法諺があります。これは一般に、法を犯した者がその法を知らなかったとしても、無罪の言い訳にはならないという意味で用いられています。しかし、私はこの法諺は、それ以上に法を執行する側にこそ妥当するものであると考えます。なぜなら、前者の場合――つまり、法を犯した者がその法を知らなかった場合――に生じる不利益は、あくまで法を犯した者本人が被るものであるのに対して、後者の場合――すなわち法を執行する者がその法を知らないまま執行した場合――には、その不利益は、法執行者自身にではなく、執行された者に帰せられるからです。

 黄色切符を切られたことは不快な体験ですが、不服申立てによって救済を求める道は残されています。しかし、法の誤用が重大な人権侵害や命に関わる問題へと発展することもあり得ます。したがって、法の担い手である執行者こそが、「法の不知はこれを許されない」という言葉を肝に銘じ、法の執行にあたってほしいと強く願います。

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