アルバイト先の予備校がつぶれて賃金が支払われなかったときの話

松山大学法学部教授 村田 毅之

 私は、青森の高校を卒業後、めでたく明治大学政経学部経済学科に入学し、前期試験が終わるまでは、真面目に勉強しました。夏休みにはお金を稼ごうと、学生課で紹介を受けた予備校のアルバイトをしました。仕事は、夏休みに、実家のある青森市内で開講される夏期講習の講師をするというものでした。普通の倍くらいの時間給だったので喜んでしましたが、その予備校がいきなり倒産し、賃金が未払いになりました。

 世の中はこんなものかと諦めていたところ、地域の労働基準監督署の監督官から、未払いの賃金の80%を国が立て替え払いをしてくれるとの電話がかかりました。1976(昭和51)年の入学ですが、この年の5月に、賃金確保法という法律ができて、私の賃金が国により支払われることになったというわけです。

 賃金確保法は、1973(昭和48)年秋のオイル・ショック時に、多くの企業倒産があり、賃金や退職金が未払いのまま失業することになった労働者が多くでたことから、そのような事態に対処するためにできました。この法律による賃金の立て替え払いは、労働者が自ら申請して適用を受けるものですが、当時は法律ができたての、いわばキャンペーン期間中ともいうべきときで、会社の倒産事件があれば、労働基準監督署は積極的に労働者を確認し、未払いの賃金があれば、申請を促して、立て替え払いが行われました。

 賃金確保法も広義では労働法に入るもので、私は、大学1年生にして、すでに労働法のお世話になっていたわけです。

以上

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