松山大学法学部教授 銭 偉栄(セン ヨシハル)
「信」は、『論語』における孔子の思想体系の中でも、とりわけ重要な概念であることは言うまでもありません。中でも「民は信なければ立たず」(『論語』顔淵篇)という言葉は、民が為政者を信頼しなければ、国家はもとより、いかなる組織の運営も円滑には成り立たないという真理を端的に示しています。
弟子の子貢が政治の要諦を問うた際、孔子は「十分な食料」、「十分な軍備」、そして「民の信頼」の3つを挙げました。さらに、その中でも最も重視すべきは「信」であると説きました。
『論語』における「信」には、主に次の3つの意味が含まれています。
第1に、自らの言葉や約束を守り、行動に移す誠実さと責任感。
第2に、他者から寄せられる信頼。
第3に、社会秩序や政治が成立するための根本原理。
現代社会に目を向ければ、この「信」が社会秩序を支える基盤であることは明らかです。「走る凶器」とも呼ばれる自動車が高速で道路を走行できるのは、互いが交通ルールに従うという暗黙の信頼に支えられているためです。また、歩行者が横断歩道を安心して渡れるのも、自動車や自転車の運転者がルールを遵守するであろうという信頼が前提となっています。
また、「信を問う」という言葉があるように、選挙は政治家が国民から信頼されているかどうかを確認する重要な手段です。投票率の低下は、政治への信頼が揺らいでいる兆候と捉えることができます。同様のことは会議体にも当てはまります。会議への出席率の低下は、その会議体に対する信頼が損なわれつつあることを示しています。
ここで思い起こされるのが、「輔車(ほしゃ)相依り、唇亡びて歯寒し」という言葉です(『春秋左伝』僖公5年)。少子化が進む現代、地域社会と本学は、これまで以上に相互に依存し、緊密な関係を築かなければなりません。そして、その関係を成り立たせる最大の要こそが「信頼」です。
地域社会から信頼される大学、学生や卒業生から信頼される大学、そして、教職員自身も誇りと信頼を持って働ける大学であること。この3つの「信頼」がそろって初めて、本学の次の100年が開けるのだと確信しています。そして、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿にならず、不都合な事実ほど目を背けず、耳を傾け、言葉にして共有するという姿勢を貫くことが、信頼を築く第一歩となるでしょう。