松山大学法学部教授 渡辺幹典
私は、仕事や私用で、よくJRを利用します。これまで四国内外で、いろいろなJRの列車に乗車しましたが、その中でも私が一番多く利用しているのは、予讃線の特急「しおかぜ」です。鉄道には乗車券を買って乗ることになりますが、特急である「しおかぜ」の場合、乗車券のほかに特急券が必要になります。乗車券は松山から目的地までの運賃、特急券は同じく目的地までの定められた特急料金を支払って購入します。これらの運賃や特急料金は、JR四国の「運送約款」によって定められています。私が「しおかぜ」を利用する場合、民法の世界では、私とJR四国の間で「旅客運送契約」、つまりJR四国は私を目的地まで運び、それに対して私はJR四国に対価を支払うという契約が締結されると説明します。「契約」ですから、本当は運賃や特急料金も、私とJR四国が交渉して決めることができるはずです。しかし現実には、そうなっていません。それは、私とJR四国の契約が「運送約款」に基づいて締結されたものだからです。
「約款」とは、「あらかじめ定型的な内容が定められている契約の条項」と説明されます。JR四国を利用する人たちが全員、毎回、JR四国と旅客運送契約を交渉して締結するのは、現実には不可能です。そこで、JR四国が国に認めてもらった契約内容を約款として公表し、利用者はその約款に定められた内容の契約を締結するとされているのです。JR四国は多くの契約を画一的に処理することができるし、利用者は内容のはっきりした契約を簡単に締結することができます(「運送約款」は、JR四国のウェブサイトで見ることができます https://www.jr-shikoku.co.jp/02_information/kippu_info/unsouyakkan.html)。
「運送約款」には、特急料金の払い戻しの規定もあります(第289条2項3号)。知っている人もいるかと思いますが、JRの特急は、目的地への到着が2時間以上遅れた場合に、特急料金を払い戻してくれます。これは、特急料金が「乗客を早く運ぶ」ことの対価とされているので、「2時間以上も遅れたら、それはもう“特急”とは呼べないから」かもしれません。実は私も一度だけ、特急料金を払い戻してもらったことがあります。大雨による途中駅での運転見合わせの影響で、岡山から乗った「しおかぜ」の松山到着が大幅に遅れたためですが、長時間の乗車で疲れ果てていた私には、特急料金が払い戻されたことよりも、とにかく無事に松山に着けたことが何よりうれしいことでした。同時に、普段利用している鉄道が時刻表通りに動いていることのありがたさを実感した出来事でもありました。