絵巻に描かれた『病』

松山大学法学部教授 遠藤 真治

 高齢の肉親が長年にわたる持病治療に加え、年末に骨折したのをきっかけに、入院生活を続けている。環境の変化も相まって従来の認知症も進行しつつあり、近親者は落ち着かない日々を過ごしている。釈迦の出家の動機となった「四門出遊(老人や病人、死者を見て出家に至る話) 」を持ち出すまでもなく、人間にとって四苦(「生老病死」)は避けて通れない永遠のテーマである。なかんずく「病」は、高齢者はもちろんのこと、若者にとっても「生きる」意味を自らに問いかけるきっかけとなる場合が多々ある。

 平安末期から鎌倉初期、後白河法皇の周辺で制作されたと推定される絵巻物の一つに「やまいの草紙そうし」がある。ここには断簡だんかんを含め 20 余りの病が描かれており、それらを紐解くと、腹痛や歯痛などの一般的な症状をはじめ、現代でも比較的多く耳にする先天性疾患などが興味深く表現されている。例えば、眼病に苦しむ大和国の男性のもとを医師が訪ね、はり治療と称して患者の左目に小刀状のものを突き立て、傍らの女性がしたたる鮮血を容器で受ける様子などが、周囲で見守る見物人の表情と合わせて生々しく描かれている。治療に鍼を用いる場面は他にも見受けられ、大陸から伝来した鍼治療が、当時の社会に広く普及していたことが窺える。

 また、「小法師の幻覚を見る男」 (香雪美術館蔵)と題した病の場面には、病に伏せる男性の枕元に杖状の棒を持った小法師の集団が描かれており、病者が見た幻覚を描写したもの思われる。絵巻のことばがきには「たけ五寸ばかりある法師…」とあることから、この小法師は約15センチ程度の人形ひとがた集団と類推される。肉親がかつて、「床にいっぱい虫がいる」とか「小人がたくさん並んでいるのが見える」と、語っていたことがあり、この「絵巻」の場面と類似している。門外漢ではあるが、 「アルツハイマー型認知症」に次いで2番目に多い認知症に「レビー小体型認知症」があり、この症状の一つに、実際にはそこに見えない人や小動物などの存在を訴えるケースが確認されていることから、すでに古代の絵巻にそれに似た場面が描かれていることに驚きを禁じ得ない。

 なお、先の「幻覚を見る男」の頭部に目をやると、現代の「鉢巻き」状の布が描かれているのが見て取れ、他の絵巻(「北野きたの天神てんじん縁起えんぎ絵巻」「春日かすが権現ごんげん験記けんき絵」「いし山寺やまでら縁起絵巻」ほか)にも着目すると、病床に伏せる人物の頭部には同じような「鉢巻き」が確認できる。このことから、当時の人々にとって「鉢巻き」は病と向き合う際の重要な道具であると共に、一方では絵巻を鑑賞する人々が病人であることを判別する表象としての役割があったものと考えられる。

 このように、数多くの絵巻に描かれた「病」の場面をみるにつけ、当時もそして今も、「病」と向き合いながら「生」を刻む人々の息遣いが身近に聞こえてくるような気がしてならない。

※《主な参考文献》

  • 「病草紙」(加須屋誠、山本聡美編 中央公論美術出版)
  • その他の絵巻物については、「日本の絵巻・続日本の絵巻」(中央公論社)を参照

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