ローマ帝国の遺産

松山大学法学部准教授 渡辺幹典

 先日テレビで、イタリアにあるコロッセオのドキュメンタリーを視聴しました。そのドキュメンタリーでは、古代ローマの人々がどのようにしてあの巨大なコロッセオを建設したかを解説していましたが、古代の人々の英知には非常に驚かされました。古代ヨーロッパに大帝国を築いたローマは、コロッセオのような巨大な建造物を数多く建設しました。そのような「ローマ帝国の遺産」のいくつかは、現在まで残っています。しかしローマ帝国が遺したものは、建造物だけではありません。

 6世紀、東ローマ(ビサンチン)帝国のユスティニアヌス帝は、それまでの皇帝の勅法や法学者が示してきた数多くの権威ある見解をまとめ、整理して「ローマ法大全」を編纂させました。それから数世紀の間、「ローマ法大全」は中世イタリアの大学で研究され、ルネッサンス期以降には衡平で説得力のあるローマ法を現実に適用可能な法体系として解釈しようとする考えが広まりました。その考えは、ドイツやフランスの民法典にも影響を及ぼしました。特にドイツでは、「ローマ法大全」の一部である『学説彙簒』(パンデクテン)の解釈を中心とした学問的作業を経て、私法の体系を完成させました。

 ところで、私たちが使う民法総則のテキストの多くには、冒頭に日本民法典の編纂過程が記述されています。そこでは、現在の日本民法は、ドイツの民法草案を参考に編纂されたと説明されています。ですから日本民法も、そのルーツをたどるとローマ法に行き着くということになります。現在の日本民法の条文のうち、ローマ法に起源を有するものとして、130条1項(条件成就の妨害)を挙げることができます。河上正二『民法学入門[第2版]増補版』(2014年・日本評論社)107頁以下には、古代ローマの政務官の命令がローマ法大全に書き記され、各国の民法に引き継がれて、現在の日本民法の規定となった経緯が述べられています。もちろん、奴隷制など現代では通用しない部分もありますし、現代社会に合うように修正されていますが、約1500年前のローマ法が現在でも通用するというのは、驚くべきことでしょう。私たちは、古代ローマの人たちが現代の私たちと同じような紛争に直面し、大いに悩んで出した成果を、利用させてもらっているのです。

 ユスティニアヌス帝が編纂した「ローマ法大全」は、21世紀を生きる私たちにも大きな影響を与えています。果たして私たちは、1500年後の人々にどのような遺産を手渡すことができるでしょうか。

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