12月の停電 ―妹尾克敏先生の思い出―

松山大学法学部教授 古屋 壮一

 今年もまた年末を迎えた。松山大学では毎年末、年内の授業が終了した数日後に、電気設備点検のために数時間停電する日がある。今から十数年前、私が松山大学に民法担当教員として採用されてまだ数年しか経過していなかったある年の年末、私は、研究論文の締切に追われ、停電のことなどすっかり忘れたまま、研究室で必死に論文を書いていた。もちろんパソコンで書いていた私は、区切りのよいところで「保存」しようと思い、資料とパソコンの画面を相互に見つつ、ひたすら文章を入力していた。ところが、突然、研究室の照明が消え、パソコンの画面が真っ暗になった。次の瞬間、私は、叫び声を上げ、天を仰いだ。停電のことを思い出すと同時に、自分が書いていた完成目前の論文のデータが消滅してしまったと思ったのである。

 私は、絶望的な気持ちになって研究室の扉を開けて廊下に出た。とりあえず、冷静さを取り戻し、善後策を考えようとしたのだと思う。廊下を歩き、階段を昇り降りし、建物の中をしばらく歩いた。いつの間にか法学部長室の前を歩いていた私は、法学部長室の中から当時の法学部長である妹尾克敏先生(地方自治法)の「あーあ」という悲しみに満ちた声を聞いた。私は、思わず法学部長室をノックしてしまった。妹尾先生も、停電の中、法学部長室を尋ねる人などいないと思われたのか、少し驚いた様子で、「今書いていた論文が消えてしまってね。」と私に告げられた。私は、「私だけではないのだ。」と、なぜか気持ちが軽くなったことを覚えている。幸い、停電終了後、私と妹尾先生が書いていた論文の大部分はパソコンの自動保存機能により保存されていたことが分かり、二人とも、失われたデータの修復にさほど苦しまなかったように思う。

 私は、この停電によるアクシデントにより、日々の授業に加え、法学部長としての業務や愛媛県の各自治体における公務に追われ、多忙を極めておられた妹尾先生が寸暇を惜しんで研究活動に勤しまれているお姿を偶然に知ることになった。「論文を書かない期間が長くなると、論理的に考えたことを文章で表現し、多くの人に伝えることができなくなるよ。」と、よく妹尾先生に言われた。私は、その教えを完全に守ることはできていないが、社会のために民法理論や民法史を論文において文章化するように努めてきた。妹尾先生の研究態度と教えが、私の研究を支えてきた。

 妹尾先生に松山大学で初めてお会いした時、前任校で親しかった同僚であり、妹尾先生にお会いする半年前に早逝された苗村辰弥先生(憲法)のことが、話題になった。私は、ただただ嬉しく、松山大学に運命的なものすら感じた。松山大学への採用時期がほぼ重なっている新井英夫先生(英文学)や遠藤泰弘先生(政治学)をはじめとする法学部スタッフの先生方と交流する機会も設けて頂いた。

 年末となり、私は、妹尾克敏先生の教えをあらためて噛みしめるとともに、来年3月に退職される妹尾先生への深甚なる感謝の気持ちを抱いている。

(2023年12月脱稿)

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