松山大学法学部准教授 伊藤信哉
バブル経済が崩壊した1990年。すでに大学生だった私は、新しもの好きの父が買ってきたデスクトップ・パソコンを、興味半分に触りはじめました。そのころのパソコンは、仕事や勉強の道具というよりも、ゲームをしたり、簡単な文書や年賀状を作ったりするオモチャみたいなものでした。
それから数年後。パソコン通信(いまでいうネット掲示板みたいなもの)で知りあった年長の知人から「インターフェイスには金を掛けろ」とアドバイスされました。ここでいう「インターフェイス」とは、キーボードやモニタ、パソコンデスクやチェアといった「身体にじかに接するもの」のことです。
知人いわく。パソコンマニアはどうしてもCPUなど「カタログ上の性能」ばかりに目が向く。しかし、重要なのはインターフェイスだ。「キーボードやモニタ、チェアなんてものは、金さえ出せば何度でも交換できる。しかし腱鞘炎に罹った右手や、視力の落ちた目玉、ヘルニアを患った腰は、二度と取替えがきかないんだ」と。
それ以来、私はインターフェイスにお金を使うようになります。ただ困ったのがキーボードでした。パソコンの爆発的普及とともに、キーボードの質がどんどん落ちていったからです。他社との価格競争に勝つため、パソコン・メーカーが、カタログにあらわれない部品(キーボードなどのインターフェイス)のコストを削ったのが原因でした。私がインターフェイスに意を用いはじめた2000年ごろは、まさにキーボードの質がドン底まで落ちた時期で、私は秋葉原の裏通りやネットオークションで、中古のキーボードを漁るようになりました。
このとき手に入れ、いまでも自宅と研究室で愛用するのがIBMの5576-003というキーボードです。最前列のキーが現在のものと異なるため、裏技を駆使して使えるようにしました。ただ2万7000円(1988年の発売価格)もするだけあって、使い心地は最高ですし、四半世紀ほど酷使しましたが、壊れる気配はまったくありません。その後、私のようにインターフェイスに気を遣うひとも増えたため、ふたたび高品質のキーボードが売られるようになりましたが、私はこの昭和時代の傑作機を、死ぬまで使うことになりそうです。
ちなみに2000年ごろ、中古の5576-003は1万5000円ほどで入手できました。今回、あらためてチェックしたら、24年8月に8万円で落札された例があるようです。おそらくコレクション目的でしょうから、私のように、いまでも本機を常用しているのは、世界で50人もいないのではないでしょうか。
Webオープンキャンパスの摸擬講義も担当しました!ぜひご覧ください。
https://nyushi.matsuyama-u.ac.jp/web-opencampus/5375/