体感治安

松山大学法学部准教授 松田龍彦

 「治安が悪い」という表現はたまに耳にします。「近頃は」と頭につけて述べられることもあるでしょうか。では、皆さんの感じる治安の良し悪しの基準とは、何でしょう? 景気の拡大・後退は関係なさそうですね。地震や台風などの天災も違うでしょう。やはり犯罪の増減・多少でしょうか。
 昨年末に公表された犯罪白書を受け、マスコミ各社は一斉に「刑法犯認知件数、前年比で増加」と報じました。これを受けて、「治安が悪化した」と報じる記事やコラムもいくつか目にしました。では、もうちょっと詳細に。
 刑法犯認知件数が犯罪の全てではありませんが、他の特別法犯等と比べると多く、このため犯罪動向の指数によく使われます。令和4年の刑法犯全体では、前年比5.8%増の60.1万件強。中心を占める窃盗は、前年比6.8%増の40.8万件弱。暴行も増えてますね。2.8万件弱、5.3%増ですか。成程、直近の数字を見る限りではそれなりに悪化の根拠がある、と言えそうです。また、認知件数とは、警察などの捜査機関が知った数ですから、届け出られず、判明していない犯罪、「暗数」といいますが、これも含めると、結構起きているのでは、という気にもなります。

 では、その前はどうだったか。
 刑法犯認知件数は、平成14年が統計上ピークでした。285.4万件弱です。そこから令和3年の56.8万件弱まで、19年連続で減少し、平成27年以降は毎年戦後最少を更新し続けました。1/5にまで減ってます。特別法犯も傾向として極端な差はなく(平成12年ピーク後毎年減少、人数比約2/7)し、暗数の実数は当然不明ながら、統計学的な暗数調査により、犯罪被害届出や申出の傾向は統計上の犯罪の多少にほぼ影響されず、犯罪の種類毎に傾向は維持されるのだそうです。勿論、警察が見て見ぬふりをする訳でもありません。私など、講義の際には「日本人の犯罪離れは深刻なくらいだ」という表現を使っていたことさえありました。
 さて、そこまでの20年間、皆さんは「治安が良くなった」と感じていたでしょうか? 世論調査などでは、統計上の数字を見たとしても治安の向上を感じないとする回答ですら一般的でした。

 統計上の数字と「体感」とは、どうしてこうもずれがあるのでしょう?

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