中世ヨーロッパの写本と絵画

松山大学法学部准教授 伊藤亮平

皆さんは、ファンタジー作品は好きですか?
これらの作品は、中世を舞台にしていることが多いですよね。
中世の生活を知るためには、当時の建物や文献、絵を調べる必要がありますが、今回は絵に注目してみたいと思います。

中世の絵と聞いても、あまりピンとこないかもしれません。実際の絵を見たほうが早いので、いくつか画像を載せておきます。

これらは、14世紀頃のチューリヒで作られた「大ハイデルベルク写本」(マネッセ写本とも呼ばれます)に描かれているものです。サイズは縦35cm、横25cm、厚さ5cmほどの大型写本です。(ちなみに、小ハイデルベルク写本という別のものもあります。)

この写本には、中世の詩と、詩人たちの肖像画が描かれています。
さて、これらの絵を見て、皆さんはどう思いましたか?
上手い?下手?
もちろん「味がある」と言えなくもないですが、初めて見る人の多くは、「下手だな」とか「変な絵だな」と感じるのではないでしょうか。

私は中世ドイツ文学を専門にしていますが、絵の専門家ではありませんし、自分で絵を描くとびっくりするくらい下手です。それでも、この写本の絵を見ると、ちょっと「ショボいなあ」と思います。

ところがこの「ショボい」絵が描かれた大ハイデルベルク写本は、2023年にユネスコ文化遺産に登録されました。
もちろん、中世の歴史を今に伝える大事な資料だからです。
ですが、もう少し踏み込んで考えてみましょう。

この写本は羊の皮をなめして作られた羊皮紙に、すべて手書きで描かれています。
当時、羊皮紙を作るにも、インクやペンを調達するにも、大変な手間がかかりました。しかも、今ほど多くの人が字を読める時代でもありません。そんななか、多くの人々が力を合わせ、写本を仕上げたのです。

つまり、大ハイデルベルク写本は、名もなき人たちの技術と努力が結集した作品なのです。ここまで読むと、最初に感じた「変な絵」という印象が少し変わってきませんか?
物事を表面だけで判断しない、人々の背景にある努力や事情を想像する−
それは、中世文学を学ぶことにも、法学を学ぶことにも共通しているのだと思います。

画像は下記より引用した。
https://de.wikipedia.org/wiki/Friedrich_von_Hausen_(Minnesänger)
https://de.wikipedia.org/wiki/Reinmar_der_Alte

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