「受験シーズン」

松山大学法学部教授 高嶋めぐみ

 大手受験予備校「ニチガク」を運営する日本学力振興会が一月十日に東京地裁に自己破産申請をした。受験直前のこの事態に受験生には衝撃であろうと推察する。

 受験戦争で有名な国といえば中華人民共和国と韓国をまず思い浮かべる。両国とも熾烈を極めるのは学歴社会そのものだからである。学問によって個人の運命が分かれるため必死になるのは至極当然である。

 科挙は隋代に遡り、千年を超えて続いた高級官僚抜擢システムである。二十世紀初頭に廃止されたが、学力を以て世の指導者を選ぶという長い伝統に立ち、今も学力試験が重視されるのは科挙の伝統があるからである。現代漢語の「文化水平」の「文化」は学歴という意味である。科挙の合格者は「進士」と呼ばれ、学問教養は充分であり、進士は「学問の化け物」とも言われるくらいである。学力を持って世に立つのが士大夫であり、そのなかで特に科挙に抜きん出られた者が進士なのである。首席の答案を模範答案として「科挙圧巻」といい、現代に伝わる圧巻の語源である。その伝統が長きにわたり続いたのであるから、今なお人を学歴で判断するわけである。中華人民共和国の求人広告には「文化水平」の項目があり、学歴要件が明記されている。千年の伝統で国民自身が学力を重視するようになった所以である。

 近世以降西洋人が明に乗り込んできて科挙を見、優れた人事システムとして本国に持ち帰った。ここに世界的規模で学力試験による官吏登用制が普及したのである。今も名高いフランスのバカロレアはこの直系である。

 我が国では、司法試験のことを「現代の科挙」と呼びならわしてきたが、先代の科挙の方が遥かに難関であった。

 中華人民共和国の大学入学統一試験「高考」は、受験生にとっては生涯の運命が決する日であり盛大な見送りを受けて試験場に乗り込む。入口には母校の吹奏楽団が待ち構え応援歌を奏でる。母親たちは縁起を担いで赤いチャイナドレスを纏い、天まで届けと声援を贈る。総じて受験競争は我が国より格段に激しい。

 同じく科挙があった韓国においても、良い職を得るためには名門大学を出ることである。韓国で文官初の大統領となった金泳三さんは、武官出身の歴代大統領を下目に見て文官系の我こそは真の大統領であると自負していたようである。これも学力を持って人を判断する崇文賤武思想の表れである。文官は科挙に合格し武官は合格していない学力劣等の徒であった。

 福沢諭吉も『学問のすゝめ』で実学の必要性を訴えた。学問は未来を拓く。それぞれの場面で学を修めてもらいたいものである。

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